私自身の患者経験を主とした私の人生年表をまとめました。
長文ですので、良かったら何回かに分けて読んでみてください。
転落人生の始まりは16歳
●1988年、16歳【回復度0%】
私は身長を伸ばす効果があるという通信講座に申込み、身長を伸ばすために体を左に思いっきりひねる運動を繰り返していました。そして3ヶ月が過ぎた頃、胃がムカムカして胃の辺りがどーんと押されるような症状が出て、頻繁に下痢をするようになりました。当時なぜ下痢をするのか全くわかりませんでした。胃カメラ検査をしましたが、少し荒れているが問題なしとのことでした。その後も左にひねる運動を続けていたら、どんどん症状が悪化していったことから、これが原因であると気づきました。
左にひねる運動をして悪化したので、右にひねる運動をしたら治るのでは?と思い、今度は右にひねる運動を繰り返していたら、胃腸の不調に加えて、のどのつまり、窒息感、息切れ、動悸、極度の倦怠感、頭皮の血液循環不良による抜け毛、飛蚊症、鼻血が出やすい、口腔内や舌の腫れ、排尿痛、上半身のほてり等、全身に症状が広がってしまいました。その頃の私の骨盤はひどく歪み、背骨や全身の骨格、頭蓋骨がひどく歪んでしまい、それに伴って全身の筋肉がひどく硬直してしまったのです。
そこで自分の身に起きていることの原因を見つけるため、本屋で必死になって情報収集していたところ、自然良能会の初代会長の故五味雅吉先生の本にたどりつきました。その本には、骨盤の仙腸関節がズレて背骨が歪むことにより発症する疾患についての記事があり、背骨のズレに関連した疾患名がたくさん記されていました。そこで初めて背骨の歪みは整形外科的疾患だけではなく、内科的疾患にも関係していることを知りました。ただ当時私は高校2年生だったので、経済的な理由もあり治療に通うということもあまりできなかったため、ひたすらゴムバンドを腰に巻いて腰回し運動を続けました。学校から帰ると一日2時間ひたすら回し続けました。それによりほんの少しは良くなったものの、つらい症状は相変わらず続いており、全く先が見えず暗闇のトンネルの中を彷徨っているような状況でした。
大学入学
●1991年、18歳【回復度1%】
大学受験をしてなんとか合格できたものの、複雑な気持ちだったのを覚えています。あまりにも体調が悪過ぎて、大学に通う自信がなかったのです。周りは楽しく大学生活を送っている中、自分はただただ苦しみに耐えるだけの日々が続いて、青春なんてものは私にはありませんでした。当時の私はひたすら腰回し運動はしていたものの、治療を受けることはできず、全く先が見えない状態でした。
就職
●1995年、22歳【回復度2%】
大学を卒業し、製造業の会社に就職し、機械設計の仕事に就きました。その頃の私の体調はすこぶる悪く、下痢を1日数回しているような状態で、常に吐き気があって食欲がなく、体は重だるくてずっと横になっていたいと思うような状態でした。また、のどが詰まって息苦しく、毎日地獄のような日々でした。そのため仕事は生きていくために必要なので、しょうがなくやっていたという感じで、本音を言えばとても働ける状態ではなかったのです。当時の私は治療に通うことはせず、自分で腰回しを続けていました。当時はインターネットが今ほど普及しておらず、どこで治療を受けたらいいのかさえわかっていなかったのです。
結婚、治療開始
●1999年、26歳【回復度5%】
結婚を機に、本格的に自然良能会の元支部の先生の骨盤調整を受けるようになり、週3回治療に通うようになりました。そこから徐々に回復に向かっていましたが、波風立たず順調に治っていったわけではありません。数えきれないぐらいの壁にぶつかりましたし、長い期間停滞したことも何度も何度もありました。もう何度心折れそうになったかわかりません。
うつ病発症、離婚
●2003年、30歳【回復度20%】
それまでなんとか歯を食いしばって生きてきましたが、自分の中で限界が近づいていました。3月の寒いある日、もう生きていくのは無理だと思い、私は自ら死ぬ決意をし実行しました。しかしながら死にきれず、運悪く生き残ってしまったのです。その後病院でうつ病と診断され、初めてうつ病という存在を知りました。そして3ヶ月ほど休職することになりました。その後離婚。今から考えるとこの2003年頃が一番辛かったなと思います。
胃がん2/3切除
●2008年、35歳【回復度30%】
初期胃がんを患い、胃の2/3を切除。16歳からずっと胃がムカムカして吐き気がずっと続いている状態でしたので、やっぱりなという感じでした。ただ胃がんになったことに対して、めちゃくちゃ辛かったという記憶はありません。なぜなら、それまでに体験した苦しみがあまりにも強かったため、それに比べたらそこまでの苦難には思えなかったのです。
末端を整える重要性に気づく
●2009年、36歳【回復度30%】
末端である足首や手首、頭蓋骨などがズレて固くなっていると、その影響が連鎖して全身に及んでしまい、骨盤調整をはじめ、あらゆる治療が効きにくくなることを身を持って知りました。当時の私は、長期に渡り治療が停滞することもしばしばで、そういうの時の仙腸関節はひどく癒着していて、骨盤調整によって骨盤を加圧しても、びくとも動かなかったのです。そして骨盤調整を受けているのにもかかわらず、どんどん体が固くなっていくのです。私の全身の筋肉は硬直したように固くなり、日常生活動作がロボットのようにぎこちなく、顔面の筋肉まで引きつれてしまい、喋ることすらもままならない状態になってしまいました。そんなある日、偶然足首周りを指で押してみたところ、とても痛いことに気づきました。「これが原因だ」と思った私は、ひたすら足首周りを押し続けました。するとダムに溜まっていた水が一気に放流するかのごとく、私の全身の硬直が一気に取れていったのです。この経験から、足首などの末端がズレて固まると、あらゆる治療が効かなくなることを、身を持って知ったのです。現在私が末端部分の施術を丁寧に行っているのは、この患者の頃の苦い経験があったからです。このようにして徐々に体を治す方法が解明されていきました。
脱サラし、治療家へ転身
●2015年、42歳【回復度40%】
脱サラして治療家を志す。指圧の専門学校に通いながら、自然良能会にて弟子入り修行を開始。自分自身の体の回復度は40%と、まだまだ良くはありませんでしたが、治療家を志したことで、徐々に体の治し方がわかっていきました。
独立、開院、頭蓋骨調整を開始
●2018年、45歳【回復度50%】
治療家として独立。ふるさわ指圧治療院を開院。この頃の私の体は回復度が50%ぐらいだったので、まだまだ万全には程遠い状態でした。ここから先は何か違ったアプローチが必要だなというのを感じるようになり、いろいろ試行錯誤を重ねていきました。何が足りないのかを考えていたところ、骨盤を立体的にとらえるという点が欠けていたことに気づきました。骨盤は2次元でとらえるのではなく、3次元でとらえなければなりません。また仙腸関節だけではなく、骨盤を構成するもう1つの連結部分である恥骨結合にも着目しました。恥骨結合のズレは仙腸関節を整える際の障害となるため、仙腸関節とともに恥骨結合も整えることが重要であることに気づきました。また骨盤の横方向ひねりや縦方向ひねり、坐骨の開閉や前後方向の位置などに着目して、それらをどうしたら整えることができるか試行錯誤を重ねました。その成果として、ようやく壁を突破して骨盤の歪みが一気に整っていきました。
そんな中で唯一手つかずだったのが頭蓋骨の歪みです。頭蓋骨がひどく歪んでしまったまま、30年以上の月日が流れてしまいました。頭蓋骨が歪んだことで、のどのつまり、窒息感、舌や口腔内の腫れ、顔面のつっぱり、目の乾燥、頭痛などの症状にとても悩まされていました。その頃、私は他人に頼るのではなく、頭蓋骨の歪みは自分で治すしかないと思い始めていました。そして偶然にも口を大きく開けたり、顎を左右に動かしたりすることで、頭蓋骨の歪みがある程度整えられることを発見しました。それによって、そこそこいい所まで整えることができたものの、まだ何か足りないなと感じていました。そこから頭を陶芸の器のように見立てて、両手を使って歪みを整えていく方法を思いつきました。頭蓋骨をひたすら触っているうちに、頭蓋骨は前後左右に倒れたり、ひねったりしていることがわかってきました。そうしているうちに感覚的なものが養われていき、次第に頭蓋骨調整の手技が確立されていきました。このようにして30年以上もかかってしまいましたが、ようやく私の頭蓋骨の歪みは改善することができました。
コロナ禍突入
●2020年、47歳【回復度70%】
治療院を開院して1年半を過ぎた頃でした。新型コロナウィルスが日本に上陸した当初、名古屋でクラスターが起きました。その時に私は直接の濃厚接触者ではなかったのですが、濃厚接触者の濃厚接触者となってしまったため、念のため治療院を3ヶ月ほど休院する決断をしました。それまで順調に運営を続けてきて、これから頑張っていこうと思っていた矢先の出来事でした。その後緊急事態宣言が解除されたのを機に治療院を再開したものの、患者様の足は遠のいたまま戻らず、厳しい状況に追い込まれていきました。
店舗閉鎖、出張専門治療院として再スタート
●2022年、49歳【回復度80%】
当時世間では、まだ新型コロナウィルスが収まる見通しが全くついていない状況でした。当院においても、まだ患者様が戻ってくる気配はあまり感じられず、出費ばかりが重くのしかかってきて、メンタル的にも相当厳しい状態が続いていました。この先いつまでコロナ禍が続くかも検討がつかなかったため、一旦店舗から撤退し、経営規模を最小限に抑えて出張専門治療院として再スタートする決断をしました。
現在では過去最高水準に
●2025年、52歳【回復度90%】
現在の私の体の状態は、骨盤も骨格も頭蓋骨も過去最高水準で、かなり良い状態をキープすることができています。私自身どん底でもがいていた頃は、一生治るのは無理なんじゃないかと思っていました。とても長い月日がかかってしまいましたが、今ではこうして元気に回復することができました。現在下痢をすることはほとんどなくなりましたし、のどのつまりや窒息感もなくなりました。極度の倦怠感もなくなりましたし、胃のムカムカや吐き気もなくなりました。当時抱えていた症状はほぼ全部改善することができました。現在の回復度が100%ではなく90%なのは、胃を切除したことによる鉄欠乏性貧血があること、飛蚊症がまだ残っていること、そして骨の変形などによる影響(不可逆的変化をしている部分)などがあるためです。今後できる限り100%に近づけるように頑張っていきたいと思っています。
今までたどってきた道を振り返ってみると、ずいぶん無駄なことをたくさんして、遠回りしてしまったなあと思います。こうやって行けば早いよって昔の自分に言ってあげたいぐらいですが、自分が患者だった頃はそんな近道があるなんて全くわからなかったのです。でも一生治らないのではと絶望していたのを思えば、治っただけでも良かったと思うようにしています。そして遠回りしたことも決して無駄ではなく、治療家となった現在では、それらの患者経験が大切な財産になりました。
2003年に当時の思いとしては運悪く生き残ってしまったわけですが、「お前にはお前にしかできない、この世でやり遂げるべき役割が残っているから、しっかりと使命を果たしなさい」という意味があったからこそ、生かしてもらったのではないかと思うようにしています。私しかできないこと、私の役割は何なのか?それは私自身が長年の患者経験を通して知り得た事実を皆さまに伝えて、多くの苦しんでいる患者様を救うことだと思っています。私は、私にしかできない使命をこれからも果たしていきたいと思っています。
健康になるポイントは血液循環と自律神経
私は整形外科的疾患にしろ、内科的疾患にしろ、体を治していく上で一番重要視するべきことは、物理的な骨盤、骨格、頭蓋骨の歪みの改善であると考えています。なぜなら骨格の歪みは全身の筋肉を固くし、全身の血液循環不良(局所的に血流が低下したり渋滞したりする)や自律神経の障害を引き起こし、様々な痛みや内臓の不調につながるからです。血液は酸素や栄養分を運び、二酸化炭素や老廃物を回収する役目があります。私達の生活に置き替えれば、水道、ガス、電気、食料等を供給するインフラや物流であり、下水道やごみ収集車などの廃品回収屋さんに相当します。もしそれらが途絶えたとしたら、私達の生活はたちまち困窮して生きていけなくなります。それと同様に、血流低下によって体の各器官は十分に養われなくったり、逆に血流が渋滞して内臓のむくみが生じたりと、内臓が悲鳴をあげて機能低下を招いてしまいます。これは整形外科的疾患にも言えることであり、例えば脊柱管が狭窄されて神経が圧迫されているのに、症状が出る人と出ない人がいるのは、馬尾神経への血液供給の良し悪しであると考えています。また血液循環不良は低酸素と低体温を招き、がんが増殖する絶好の環境になってしまいます。さらに背骨が歪んだりねじれたりすると、内臓をコントロールしている自律神経が障害されますので、このルートでも内臓の機能が低下してしまいます。このような理由から、健康な体を手に入れるには、骨盤と骨格と頭蓋骨を整えて、筋肉を柔らかく保つことで、血液循環と自律神経の働きを良好にしていくことが一番重要であると考えます。もちろん病気になる原因は他にも多数あり、食べ物、生活習慣、添加物、煙草、アルコール、農薬、放射線、薬、ストレス、睡眠不足、生活環境、ワクチン、マイクロプラスチック等、たくさんの要素が絡み合ってなるものです。したがって当然それらも含めて改善していかなければいけません。
背骨の歪みやねじれによって、案外簡単に内臓は不調をきたすため、内臓の不調の真の原因に気づいていない人々はたくさんいるんじゃないかなと思います。いまだに私自身も稀にですが、背骨がズレて胃腸が不調になったり、骨盤がズレて肛門周りの筋肉がひきつれることで血液循環不良になり、切れ痔になったりすることもあります。私自身は原因がわかっているので、たとえそうなったとしても対処できますが、そのような知識や経験がなく、物理的な原因に気づけない人は、なかなかそこから抜け出すのは難しいと思われます。この記事をご覧になったことで、あらゆる体の不調を治していく上でのヒントになれば幸いです。私は今までの患者経験を活かして、これからも整形外科的疾患はもちろんのこと、かつての私のように内科的疾患で苦しんでいる方々も救っていきたいと思っています。最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。
